1991年10月20日 日曜日
Ireland Dublin Lansdowne Road Stadium 収容客数48,000人(23,000座席)(テレビ観戦)
19 - 18 Wallabies勝利
充実のWallabies
大会前の世界ランキング1位のWallabies。メンバー表には前大会から主力のWTBデイヴィッド・キャンピージ、SOマイケル・ライナー、SHニック・ファー・ジョーンズ、FLサイモン・ポイデビンといった世界的な名選手が名を連ねる。さらに、共に21歳のCTBコンビのティム・ホランとジェイソン・リトルや、同じく21歳のLOジョン・イールズといった若き才能も加えた今大会の優勝候補の筆頭。オフェンスではまずSOマイケル・ライナーの正確なキックで陣地を獲得しする。敵陣に入ると狭いBKラインを敷いて外側にスペースを作り、飛ばしパスやループを織り交ぜて数的優位を生み出しトライを狙う。ディフェンスでは内側から外側へ追い出すドリフトディフェンスで相手のトライを許さない。セットプレーからのサイン攻撃も多彩で、戦術的に非常に洗練されたチームといえる。
愚直で無骨な魂のラグビー
対するIrelandは世界ランキング5位。ハイパントで陣地を獲得してゴリゴリの肉弾戦を挑むイメージ。派手さはないが、FW陣はひたむきにボールを追い、タックルをサボることなく繰り返して敵陣に入り、PGで得点して隙あらばトライを狙う。BKにはキックの名手SOラルフ・キーズ(この大会の得点王)や190cmの大型WTBサイモン・ゲーガン、FWにはLOコンビのP・レニハン、ネイル・フランシス、キャプテンのFLフィル・マシューズ、No.8ブライアン・ロビンソンなどが、80分間タックルとキックチェイスを繰り返す。大袈裟だが観る者の魂を揺さぶるラグビーを展開する。特に格上と見なされる強豪を相手にした時の下馬評を覆す戦いぶりは、このチームの真骨頂といえる。
W杯史上屈指の好ゲーム
当時の習慣として、Lansdowne Road Stadiumで行われる試合では、Irelandのナショナルアンセムとして「ソルジャーソング」が演奏されるが、アウェーチームのナショナルアンセムは演奏されなかった。これはIrelandがアウェーチームとして戦う際、北アイルランド(イギリスの一部)とアイルランド共和国の合同チーム扱いとなり、ナショナルアンセムが演奏されなかった、といった事情があった。この試合でもWallabiesのナショナルアンセムは演奏されていない。こんなちょっとした違いも、古今のラグビー事情の変化を感じられて面白い。
試合の行われたLansdowne Road Stadiumは2007年には老朽化に伴い取り壊され、現在はAviva Stadiumとなっている。当時は立見席が23,000人分あったようで、映像からも超満員の立見スタンドの熱気が伝わってくる。そのくせホームチームのPGの際には水を打った様に静まりかえる。ラグビーを知り尽くした伝統国らしい光景に羨ましささえ感じる。
試合はWallabiesのFBマーキー・ローバックのキックオフでスタート。名手SOマイケル・ライナーが大観衆のプレッシャーからかPGを外す場面もあったが、前評判通りWallabiesが優位に試合を進める。前半16分に敵陣でのマイボールラインアウトからBKに展開、外側にいたWTBデイヴィッド・キャンピージが内側のBKラインに切り込み、ディフェンスのタイミングを外す巧みなランニングスキルでトライ。SOマイケル・ライナーのコンバージョンキックも決まりWallabiesが 6-0 とリードする。しかしここで、前の試合で膝を痛めていたSHニック・ファー・ジョーンズが負傷退場し、ピーター・スラッタリーと交代となる。キャプテンも務める大黒柱の退場により試合の流れは徐々にIrelandに傾いていく。前半24分と32分にはIrelandのSOラルフ・キーズがPGで得点を重ねる一方、Wallabiesは粘り強いIrelandのディフェンスに阻まれ得点出来ない時間帯が続く。前半は 6-6 のイーブンで折り返す。
IrelandのSOラルフ・キーズのキックオフで後半スタート。後半4分にWallabiesのSOマイケル・ライナーの巧みなキックで敵陣ゴール前まで攻め込む。マイボールラインアウトからのモールで相手の反則によりPGを決めて 9-6 とWallabiesリード。Irelandも9分敵陣ゴール前のマイボールスクラムをFWが押し込み、ディフェンスの足を止めてSOラルフ・キーズがDGを決めて 9-9 の同点。後半12分WallabiesボールのスクラムからBKに展開し、見事なパスワークでディフェンスを翻弄し、WTBデイヴィッド・キャンピージが再度トライ。コンバージョンキックも決まり 15-9 と再びWallabies勝ち越す。それでもホームの大観衆の大声援を得て、Irelandは粘り強く戦う。Wallabiesの攻撃を防ぎ、後半22分にはPGを決めて3点差に詰める。なおも攻めるIreland。後半34分自陣からのSOラルフ・キーズのキックをWTBジャック・クラークがチェイスしてキャッチしてFLゴードン・ハミルトンにパス。ハミルトンがそのままゴールラインまで走りきりついにIreland逆転。この時点で勝利を確信した観衆が試合中にも関わらずグラウンドに雪崩れ込む衝撃的な光景が広がった。スタンド観衆が戻り試合が再開すると、コンバージョンキックも決まり、残り5分。15-18とリードしたIrelandの勝利は決まったかに思われた。しかしここから試合はクライマックスへ。失点後のキックオフでWallabiesがSOマイケル・ライナーの素晴らしいキックで敵陣ゴール前に攻め込む。スクラムを獲得するとBKに展開。巧みなループプレーから切り札のWTBデイヴィッド・キャンピージに渡り、最後はキャンピージが倒されながらSOマイケル・ライナーにパスしてライナーがトライ。Ireland勝利を確信していた会場が静まりかえる逆転劇となった。試合はこのままノーサイド。多くの人が、W杯史上最高の試合に挙げる名勝負だった。
試合前ナショナルアンセムを演奏してもらえなかったWallabiesが、キックオフ直前の円陣でナショナルアンセムを口ずさんだというエピソードや、画面からでも伝わってくる超満員のLansdowne Road Stadiumの熱気。お互いにボールを良く動かし外連味無く攻め合い、リードしては追いつかれ試合終了直前に逆転されつつも再逆転勝ちという劇的な試合展開。名勝負の要素が目一杯詰まった一戦は多くの人に是非観て戴きたい試合だった。