2023年10月28日土曜日
ラグビーワールドカップ2023フランス大会決勝
Saint-Denis Stade de France 収容客数81,338人(テレビ観戦)
12 - 11 SPRINGBOKS連覇達成!史上最多4回目のW杯制覇!
バトル・オブ・ザ・ジャイアンツ ~ラグビーワールドカップ決勝で南アフリカとニュージーランドが激突~
フランスが残ればパリはラグビーの街のままであった。数万のアイルランド人にも花の都に居座る資格はあった。イングランドのキックまたキックが雨中のセミファイルに光を放ち、退屈の先に未知のときめきが訪れることを世界のファンに教えた。純白の胸に薔薇の勇士たちも決勝に臨んでかまわなかった。
でも、これでよかった。どのみち魅力に富んだ開催国が消えたのだから、あとは「巨人」に託そう。この土曜、現地の10月28日、日本時間の翌午前4時。南アフリカとニュージーランドがラグビーの王の座をかけてぶつかる。
バトル・オブ・ザ・ジャイアンツ。1960年のオールブラックスの南アフリカ遠征を描いた書籍のタイトルである。歴史の審判を堪えた好敵手の激突。その最新エディションが2023年のワールドカップのファイナルで実現する。
必見。なんとありきたりな言葉だろう。しかし、そうなのだ。いまここにいる最高のラグビー選手は、現在と未来の名誉のみならず、ヒストリーを守るために戦い抜く。力と技に大義がからまるのだから、つまらないわけがない。
スプリングボクスはスプリングボクスらしく肉弾戦を仕掛け、なおオールブラックスのようにキャッチとパスの妙を発揮、外側のフィールドも駆けるだろう。オールブラックスはいつものごとく全方位のスキルを駆使、キックをさながら手渡しのパスとさせて、しかしスクラムやモールのレスリングでも引かない。
1921年。南アフリカはニュージーランドへ遠征、8月13日、ダニーデンのカリスブルック競技場で史上初のテストマッチを行なった。13-5。黒いジャージィが勝った。手元のニュージーランドのテストマッチ史『THE VISITORS』などによると、正式にゲートをくぐった観衆は2万5千、ほかに1万人がグラウンドを見渡せる外部で観戦している。
南アフリカのFWの平均体重は93kg。ロックのベイビー・ミシャウは193cmで108kgと当時としてはまさに大男であった。ニュージーランドの同平均は86kgである。「パワー」の前者、「機動力」の後者の図式はいまも変わらない。スプリングボクスの右WTB、A・J・ファン・ヒールデンは440ヤード(402.336m)ハードルの国内チャンピオンで1920年のアントワープ五輪の代表でもあった。際立つアスリートの存在も後年と重なる。
興味深いのはオールブラックスの後半のスコアだ。長く「ニュージーランドのテストマッチにおける史上最高のトライのひとつ」とされてきた。スクラム起点の展開、スタンドオフの名手、ハリー・エドガー・ニコラスが中央付近からタッチラインぎわの右WTB、ジョン・スティールの前方へパント、スピードランナーは頭上の球をなんとか肩甲骨のところでつかんで45m強を走り抜いた。キックによるパス。それこそは102年後のニュージーランダーの有力な得点源でもある。
同年のシリーズは1勝1敗1分ときれいに星が並んだ。いちばん初めにすでにライバルなのである。以後、通算105試合でニュージーランドの62勝39敗4分。数字の印象よりもはるかに実力の接近したバトルを繰り広げてきた。
1995年にはワールドカップ南アフリカ大会の決勝で対戦した。ヨハネスブルグのエリス・パーク。ともにノートライのまま同点延長に入り、グリーン&ゴールドの10番、ジョエル・ストランスキーのDGが15-12の結末を招いた。両チームあわせてPGが6本、DGが3本、それが全得点だった。ストランスキーはパスやランにおいては格別ではなく、されどキッカーとして不可欠であった。2023年のハンドレ・ボラードにもどこかかぶる。
あのとき準決勝のオールブラックスはイングランドに6トライの猛攻で大勝(45-29)した。スプリングボクスは雨天のフランスとのトライひとつのみの蹴り合いを辛くも制した(19-15)。ここも今回の構図と似ていなくもない。
さて。95年大会の決戦の前には不穏な出来事があった。オールブラックスの選手たちが次々と腹痛に襲われたのだ。ホテルの食堂の「スージー」という従業員が紅茶のポットに「毒性のある無臭のハーブ」を盛ったのだと広く信じられている。
当時の黒衣の一員であるジェイミー・ジョセフに5年前のインタビューで真相を聞いたことがある。
「多くの選手が苦しんだのが本当かと聞かれたらイエス。毒かと聞かれたら、わからない、と答えるほかない。私は平気でしたが忘れもしません。あれは(決勝前々日の)木曜です。マオリ伝統の(日本語で)ブタナベが夕食でした。本来なら決勝のあとに供されるはずなのに手違いがあった。監督はとまどっていました。その後、『ショーシャンクの空に』という映画をみんなで観賞していると次々とトイレに出ていくのです。最悪の事態は土曜の試合前まで続きました。紅茶に毒を盛られたというストーリーも本当かもしれない。でも、それが私の知っている事実です」(『ナンバー』)
ニュージーランドのロリー・メインズ監督による私的な探偵の調査では「黒人女性のスージーはオールブラックスがホテルへ着く2日前に採用され、病状が発生した翌日、完璧に姿を消した」(NZヘラルド紙)。ロンドンのブックメーカーや東南アジアの賭博組織の影もしきりに噂された。さて、どうなのか。
1981年にはオークランドのイーデン・パークでのテストマッチで、アパルトヘイト、人種隔離政策に抗議する団体がセスナ機を飛ばし、袋に小麦粉を詰めた爆弾(フラワーボム)を上空から投下した。スプリングボクスのメンバーには命中せず、オールブラックスの右プロップ、ギャリー・ナイトの頭を直撃、あのタフガイは起き上がり、さっと水をかけてもらい、ほどなく隊列へ戻った。スプリングボクスのキャプテン、ワイナンド・クラーセンは「ニュージーランドに空軍はないのか」とつぶやいた。
ときに謎めく事件や政治的対立を含みながら、最も強い者と力を試したい、という本能的な欲求が物語を紡ぎ、ジャイアントとジャイアントをラブとヘイトを織り交ぜながら結びつけてきた。
パリの土曜夜、日本列島の日曜未明、ラグビーの中のラグビーが始まる。空中のボールの確保、スクラムとラインアウト、ブレイクダウン、モール、そして、またもや歓喜を隔てるかもしれぬドロップゴールの精度でいずれが上回るのか。羅列すると当たり前みたいだが、ここまできたら、「策」ではなく競技の核そのもので白黒は決する。
そして気になるニュース。本稿を書いている時点では結論の導かれていないニュースが流れた。スプリングボクスのフッカー、ボンギ・ンボナンビが準決勝の前半、イングランドのトム・カリーに「白い×××」と人種にまつわる暴言を吐いたとされる問題である。10月23日、日本時間の夕刻に国際統括団体のワールドラグビーが「すべての差別的行為への申し立てを深刻に受けとめている」との声明を発表、急ぎ調査を始める。
いまのところ音声は見つかっていない。ただしカリーが開始24分、ベン・オキーフ主審に「白い×××と言われたら、わたしはどうすればよいのか」とたずねる声は確かめられる。「なにもしないでくれ」が答えだった。
スプリングボクスはもともとフッカーをふたりしか選ばず、マルコム・マークスがトレーニングの際に負傷すると、補充に当初はケガでスコッドより外れたスタンドオフのポラードを呼んだ。唯一のエキスパート、ンボナンギが仮に出場停止となれば、本職はフランカーのデオン・フーリーとマルコ・ファンスターデンでカバーしなくてはならない。そうなれば大打撃である。
巨人の闘争はどこまでも想像をかき立てる。いちばん初めのスクラム。もし37歳のフーリーが2番を務める南アフリカの8人がピタリと止まったら。むしろ押したら。壮大な叙事詩の1行目だ。
【ラグビーW杯】NZも充実布陣で頂上決戦へ。レタリック先発復帰で2度の優勝知るホワイトロックは控え。
ラグビーワールドカップの王座奪還を狙うニュージーランド代表“オールブラックス”が、いよいよ頂上決戦に臨む。相手は、100年以上の長い歴史の中でいくつもの名勝負を繰り広げてきた宿敵で、前回大会のチャンピオンでもある南アフリカ代表“スプリングボックス”。どちらも過去3度の優勝を誇り、パリ郊外サンドニのスタッド・ド・フランスで現地時間10月28日、勝った方が最多優勝記録更新となる。ラグビーに対して並々ならぬ情熱と誇りを持つ偉大な2強だ。 ワールドカップでは過去5度対戦し、オールブラックスの3勝2敗。しかし、決勝で激突したのは1995年大会の1度だけで、地元のジョハネスバーグで戦ったスプリングボックスが延長にもつれた激闘をジョエル・ストランスキーのドロップゴールで制し、人種問題を乗り越え新たな未来を目指そうとする南アフリカの国民に歓喜と希望をもたらした。 オールブラックスは、2015年大会の準決勝でリベンジして先に3度目の優勝を果たしたが、国民的に、28年前のジョハネスバーグの悔しい光景は忘れていないはずだ。1995年大会で準優勝を経験しているオールブラックスに対し、スプリングボックスは過去3回の決勝進出で一度も負けたことはなく、まさに難敵となる。 オールブラックスのイアン・フォスター ヘッドコーチは、「この2チームは長い間宿敵だ。ワールドカップの決勝で激突するのは2度目であり、前回(1995年)の決勝は壮絶なものだったことは誰もが覚えているし、今回もすばらしい試合になることを願っている。私たちはお互いを大いに尊敬しており、国として彼らのプレーぶりに多大な敬意を払っている」とコメントした。 準決勝からのスターティングメンバー変更は1人だけで、先週のアルゼンチン戦で4番をつけたオールブラックス歴代最多キャップ保持者のサム・ホワイトロックはベンチで待機となり、同じく世界最高峰LOのブロディー・レタリックが替わって先発となる。 リザーブには、ベテランのタイトヘッドPRネポ・ラウララが新たに名を連ねた。
決勝はセットピースが大きな鍵となりそうだが、オールブラックスは今大会これまで、スクラム成功率93.9%、ラインアウト成功率97.2%と安定している。対する南アフリカも屈強な男たちをそろえてセットピースには自信を持っており、死闘をにらんでリザーブには7人のFWを入れてきた。 相手のベンチ構成を受けてフォスター ヘッドコーチは、「人々はさまざまな戦略を試みる。彼らには彼らのプレー方法があり、我々には我々の方法がある。おもしろくなりそうだ。(セットピースは)我々はパワーで対抗するというよりテクニックで対処しなければならないと思っている。ネポは非常に強力なスクラメイジャーであり、経験豊富だ。サム・ホワイトロックのような選手もベンチにいるので、我々は大きな自信を持っている」とコメントした。 BKに変更はなく、これまで8トライを挙げてレジェンドたちの記録に並び、ワールドカップ1大会最多トライの新記録樹立が期待されるウィル・ジョーダンも先発する。テストマッチ通算30試合出場で31トライを挙げている25歳のWTBは、準決勝のハットトリックを含め4試合連続でトライを決めるなどノッている。 10番で先発予定のリッチー・モウンガが負傷しているとの一部報道があったが、指揮官は「メディカルスタッフからはそのようなことは聞いていない。彼は大丈夫だ」と答えた。 先発15人の合計キャップ数は「981」(平均約65キャップ)で、同「987」の南アフリカとほぼ同じ。試合登録メンバー23名の中に100キャップ到達者は4人おり、レタリック、ホワイトロックのほか、SHアーロン・スミスとFBボーデン・バレットもセンチュリオンズだ。これに主将のFLサム・ケインを加えた5人は、2015年のワールドカップ決勝でもプレーした選手たちである。もし今週末の決勝でオールブラックスが勝てば、2011年大会でも活躍して金メダルに輝いたホワイトロックは史上初めてワールドカップで3回優勝した選手になる。 ディフェンスコーチのスコット・マクラウドは、相手のフィジカルの強さを認め、「南アフリカの脅威のひとつはターンオーバーからすばやくプレーする能力であり、彼らにその機会を与えたくない」と警戒する。また、南アフリカが得意とするキッキングゲームにうまく対処することも勝利への重要ポイントとみており、「彼らは空中にボールを上げて取り返すのが非常にうまい。ボールを奪うとワイドに展開してスペースへ運び、一気に攻め込む。我々は空中戦で勝つ方法を詳細に検討していく」とコメントした。 今週末のパリは雨が降る可能性もあるが、オールブラックスのゲームプランに影響があるかという質問に対しては、「ノー。そうは思わない。我々は自分たちがどのようにプレーしたいのかを知っており、濡れた場所でも機能するスキルセットを訓練してきた」と自信を持つ。
そして、キャプテンのケインは、「我々は肉体的にも精神的にも多くの準備をしてきた。自分たちを信じて決勝に臨み、良いプレーをするだけだ」とコメント。世界ランキング1位だったアイルランドを準々決勝で倒したときと同等のパフォーマンスを発揮する必要があるかどうか訊かれ、「正直に言えば、もっと良くなる必要があると思う。毎週、我々は勢いを増しており、土曜日にはディフェンスでもアタックでも最高の状態で臨む必要がある。今年最高のパフォーマンスを出せれば、良いチャンスが得られるだろう」と語った。 <ニュージーランド代表 決勝 登録メンバー> 1.イーサン・デグルート 2.コーディー・テイラー 3.タイレル・ロマックス 4.ブロディー・レタリック 5.スコット・バレット 6.シャノン・フリゼル 7.サム・ケイン(主将) 8.アーディー・サヴェア 9.アーロン・スミス 10.リッチー・モウンガ 11.マーク・テレア 12.ジョーディー・バレット 13.リーコ・イオアネ 14.ウィル・ジョーダン 15.ボーデン・バレット 16.サミソニ・タウケイアホ 17.タマティ・ウィリアムズ 18.ネポ・ラウララ 19.サム・ホワイトロック 20.ダルトン・パパリィイ 21.フィンレー・クリスティー 22.ダミアン・マッケンジー 23.アントン・レイナートブラウン
底知れぬ修正力
南アフリカ-イングランドが激突した準決勝の試合。キックを軸にしながら、接点での激しい攻防で四つに組み合う中で、ディフェンディングチャンピオンが残り2分で初めてリードを奪い、そのまま1点差を守り切るタイトなバトルは、数年に1回観られるか観られないかというゲームだった。わずか1点差での凱歌だったが、その奥深い強さに震えが起こるような80分だった。 「今日は、自分たちにとってはいい試合ではなかった。でも、これもワールドカップです。イングランドは前評判は高くなかったが、ヘッドコーチのスティーブ(・ボーズウィック)、オーウェン(・ファレル主将)、そしてチームは団結し、彼らがどんなチームかを示したのです。彼らを称えるべきでしょう。でも、我々は反撃の術を見つけ出し、自分たちのペースを取り戻しました。今日見せた戦い、特にベンチスタートのメンバーをとても誇りに思います」 FLシヤ・コリシ主将の試合後の言葉が、この死闘をよく物語っている。決意に満ちたイングランドの接点での挑戦、ハイパントの仕掛けと、王者が後手を踏むような展開が後半まで続いたが、南アフリカの80分間という与えられた時間内での修正力の高さは、今に始まったことではない。日本を舞台にした4年前のW杯ももちろんだが、フランスを29-28で破った今大会の準々決勝でも、後手を踏んだ序盤から15分、20分という時間で、立ち上がりとは異なる接点のバトル、スクラムで互角の展開に引きずり込み、初制覇を母国で実現しようという“レ・ブリュ”の野望を打ち砕いた。 準決勝でも、イングランドに後半13分のドロップゴール以降スコアを許さない厳しい防御を取り戻し、一時は重圧を受けたスクラムで後半37分にイングランドFWにコラプシングを犯させて、SOハンドレ・ポラードの49メートルPGで勝負を決めた。 「もし終盤にイングランドが反則をしなければ」「もしPGの届かない位置でゲームを進めたら」と、この結果には多くの「もし」があるかもしれないが、ゲーム全体を観ていると、最後のPGでの逆転は決して偶然ではないと感じる。 僅差のもつれ合いのようなゲームを続け、“ボム・スコッド”(爆弾処理班)と呼ばれる控えの選手でゲームを締める。観戦する中で感じたのは「時間の問題」という南アフリカの戦いぶりだ。この忍耐強さと、少ないチャンスをスコアにするエクスキューション(仕留める力)こそ、南アフリカの勝利のシナリオなのだ。日本大会で南アフリカの試合を見て感じた真綿で首を締め上げるような戦いぶりは、4年後の今大会でも変わらない。ちなみに、勝利を決めるスクラムを組んだFW第1列、逆転PGのポラード、そしてイングランドの最後の反撃を断ったSHファフ・デクラーク(横浜キヤノンイーグルス)は、全員がボム・スコッドだった。
ニュージーランドの強さについては、驚異的なボール・イン・プレーの数字を紹介したが、南アフリカに関してはイングランドを今大会初めてラインブレーク(相手防御を突破した攻撃)0回に封じるなど勝つための数値も見られた一方で、選手の言葉からはチームとしての強い絆といった抽象的な世界の中に、底知れない強さの秘訣があるように感じている。コリシ主将が、会見でジャック・ニーナバーHCについて聞かれた時、いつもは落ち着き、朴訥と語る闘将の口からは、信頼の言葉が溢れ出した。 「(ニーナバーと出会った時)私は18歳でした。ウェスタン・プロビンス(WP/南アフリカの強豪州代表)に行くことができて、その時に出会ったのです。彼と、コーチだったラッシー(・エラスムス/代表チームディレクター、前HC)がWPアカデミーチームを訪れ、そこからチームの基盤が始まったのです」 コリシ主将の幼年期の苦難は多く報じられているので、ここでは割愛するが、スラムの環境からシヤ少年を救ってくれたのがラグビーだった。そしてエラスムス、ニーナバーという2人のコーチとの出会いが、今の“スプリングボクス”の成功に繋がっている。 「彼らが来るたびに、自分がどういう選手なのかを見せなければならなかったので緊張もしました。でも、彼らと親しくなり、直接指導を受けるようになった。彼のことが好きなのは、フィールドで起きていることより、かなり深いところまで掘り下げていることです。私の家族と親しくなり、人間味を持って私たちと話し合ってくれる。そして今の自分があるのです。 彼とラッシーは『凄いタックルをしろ』とは言ってこないのです。彼は、私の子供の名前を知っています。1人の人間として、私の状態がどうかを聞いてくれるのです。彼は私を1人の人間として、タウンシップ(旧黒人居住区で貧困の象徴でもあった)にいたシヤとして、私のことを気にかけてくれる。だから、私はフィールドの上で彼のために全力を尽くすんです。彼は、特に重大なゲームの時に、それぞれの選手のここまでの道のりについて話をします。ただのモノやラグビー選手としてではなく、人として知ってもらえることは特別なことです。彼は、それをこのチームにもたらす人なのです」 選手とコーチの向き合い方、人間関係の作り方は個々に違いはあるが、難しいバランスもあるだろう。だが、ニーナバーというコーチは、選手が生まれ育ったバックグラウンドも含めて、相互理解をしっかりと深めているのだと読み取れる。 「彼(ニーナバー)は、我々の家族を近くに呼ぶことを許してくれます。チームによっては、家族の介入を許可しないこともありますが、彼は子供が走り回っている姿が大好きなんです。これは、彼が作り上げている家族のような環境なんです。苦言を言われたり苦難の時も含めて、彼とともにしてきた毎年を私は堪能してきました。どれほど楽しい時間かは、説明し切れませんけれどね。詳細への拘りが、物事を円滑にしているのです。彼は特別なコーチであり、人間であり、そして素晴らしい父親で伴侶です。私は感謝し続けるでしょう」
1999年の第4回大会からW杯を取材してきたが、ゲームを離れてこれだけのボリュームとパッションで、特定の人物について語ったコメントを聞いたことはない。コリシの置かれた特別な環境も影響しているだろうが、主将の話を隣で穏やかな笑顔で聞いていたこのコーチが、他の選手とも深い絆を築いてチームを1つにまとめ上げているのは、想像に難くない。 そんなマインドの一体感も含めて、チームが極限の中でも、自分を信じ、仲間を信じ、勝利を信じたことが、この日の勝利の背景にある。日本代表が「ワン・チーム」「アワ・チーム」と、一体感を意識したスローガンを掲げてきたのも価値観は同じだが、その強固な絆は、どのチームも追い求めているものだろう。 南アフリカについては、かなり感情的な話にはなったが、準々決勝、準決勝で見せた、致命的な状況になる前に自分たちのゲームを改善する修正力は、もはやこのチームの強みと言っていいだろう。そこにロースコアのゲームに相手を引きずり込む防御力と、PGに直結するスクラムの破壊力が絶対的な武器として準備されている。
ベストの布陣を組んだ。 10月28日にラグビーワールドカップのファイナルを戦う南アフリカが、同26日の午前9時、出場予定選手のアナウンスと記者会見をおこなった。 ニュージーランドとの決戦に挑む。 毎試合、ボムスコッドと呼ばれるベンチスタート8選手の構成が注目される同チーム。 今回はプールステージのアイルランド戦同様、FW/7人、BK/1人となった。 その構成に対しジャック・ニーナバー ヘッドコーチ(以下、HC)は、「結果を出すためにチームを選びました。選手個人やエゴの問題ではなく、南アフリカのために。選手たちも、そう受け止めています」と話した。 「チームは15人ではなく23人」 ニーナバーHCは、必ずそう話す。 「メディカルスタッフから過去のパフォーマンスの報告、ニュージーランドについての多くの分析や、どこで優位に立つことができるかなど、(メンバー選出には)多くのことが影響を与えます」
ボムスコッドの選出は、コーチ間で話し合い、決める。 「(8人の内訳は)5対3から議論し始め、6対2についても7対1についても議論し、そしてまた戻ります。10分で終わるようなものではなく、何時間も議論します」という。 メンバーアナウンス直前、ワールドラグビーは準決勝のイングランド戦で起こったトラブルについて声明を出した。 HOボンギ・ンボナンビの発言に対し、相手FLのトム・カリーが差別的なものだったと申し立てをした件についてのものだ。 調査を進めてきたワールドラグビーは、「試合の映像、音声、両チームからの提出情報を含む、入手できるすべての証拠を考慮した結果、ワールドラグビーは現時点で告発するに十分な証拠がないと判断しました。従って、追加の証拠が公にならない限り、この件については終了」と判断。機動力抜群のHOは決戦のピッチに立てることになった。 ニーナバーHCはこの件について、チームのバックヤードで支えるスタッフたちのサポートに感謝した。 「私たちはバブルの中にいた。ラグビーに集中できた」と、準備の日々を振り返る。 決勝の先発メンバーは、準決勝のイングランド戦から2人が変更。SHにファフ・デクラーク、SOにハンドレ・ポラードが入り、チームを動かす。 ふたりが揃って先発するのは25試合目。オールブラックスとは8回目の対戦だ。 先発15人の総キャップ数は987。そのうち10人は2019年大会の決勝にも出場しており、経験値の高いチームとなった。 ボムスコッドに入ったLOのRG・スナイマン、FBウィリー・ルルーも、前回大会のファイナル経験者だ。 SHの負傷時には、WTBのチェズリン・コルビを起用する想定だ。 「彼は7人制のSHに相当するスイーパーとしてプレーしていました」と説明した。 FLコリシ主将は、順調に準備を重ねてきたことを伝えた後、「人生で最大の試合になると思う」と続けた。 大会直前の8月には35-7と完勝しているが、7月には20-35と敗れている。 最高の舞台で決着をつけ、ふたたび世界一の座に就きたい。
南アフリカ、1点差の勝利で史上最多4度目の戴冠
第10回ラグビーワールドカップ(RWC)フランス大会は、南アフリカ代表スプリングボクス(SA)の2大会連続4度目の優勝で幕を閉じた。エリスカップを掲げたシヤ・コリシは、NZのリッチー・マコウ(2011、2015)に続いて、2度の優勝をリードした2人目のキャプテンとなった。2023年10月28日(日本時間29日)、パリ近郊のサンドニにあるスタッド・ド・フランスには、80,065人の大観衆が集った。試合前には、レバノン出身のアーティストMIKA(ミーカ)によるライブもあり、国歌は両チームのファンが大声をはりあげた。ニュージーランド代表オールブラックス(NZ)のハカをリードしたSHアーロン・スミスの目には涙が浮かんだ。
ともに過去3度優勝し、100年以上の国際交流でラグビー史上最強チームを争ってきた好敵手である。両チームのサポーターも大声援を送った。午後9時、テストマッチ111試合目となる当代一のレフリー、ウェイン・バーンズの笛で激闘の幕は上がった。紙一重の試合が続いた同大会48試合目となる決勝戦もスリリングな展開になる。開始2分、ブレイクダウンの攻防でNZのFLシャノン・フリゼルがSAのHOボンギ・ンボナンビの足に体重をかける危険なプレーでシンビン(10分間の一時退場)となる。ンボナンビはこの怪我で負傷交代。HOとFLをこなすデオン・フォーリーが投入された。前半3分、この反則で得たPGをSOハンドレ・ポラードが決めて、SAが3-0と先制。13分にもポラードがPGを決めて6-0とする。ポラードは2017年からこのスタジアムでプレースキックを外していない。今大会も100%の成功率だ。
直後にフリゼルが戻って15人対15人になる。14分、ゴールラインに迫ったNZのCTBジョーディー・バレットが防御背後にショートパントを上げ、NO8アーディ・サヴェアが走り込んだが、バウンドが合わず好機を逸する。連続攻撃で得たPGをSOリッチー・モウンガが決めて6-3。その直後、NZのサヴェアがタックル時に反則をとられ、ポラードがPGを決めて9-3。NZにとっての悪夢は前半27分のことだった。SA陣深くに攻め込んでいたNZのFLサム・ケインがSAのCTBジェシー・クリエルの顔面に肩をヒットさせる危険なタックルでシンビン。バンカーシステム(映像判定)でレッドカードとなり、残りの約50分をNZは14人で戦うことになった。
両チームがPGを加えて、12-6で前半を終了するのだが、37分にNZのCTBリーコ・イオアネが左コーナーに走り込んだとき、SAのWTBカートリー・アレンゼがボールに手をかけながらトライを防ぐ値千金のタックルを決めた。14人のNZは後半もボールを保持して攻め続けたが、SAの選手たちも力強いタックルで止め続けた。後半4分、アレンゼがインゴール方向にキックされたボールを追い、ボーデン・バレットに競り勝ってボールをかっさらったがインゴールでノックオン。その後、SAのキャプテン、シヤ・コリシがタックルの際にNZの選手の頭部が当たってシンビン。しかし、これは先に肩にヒットしてから頭が当たったとしてレッドにはならなかった。その後のSAは、身長206cmのRG・スネイマンら屈強な控FWを次々に投入する。
NZは18分、ラインアウトのモールは止められたものの、左オープンにワイドに展開し、左タッチライン際に待っていたWTBマーク・テレアが2人、3人とタックルをかわしてボーデン・バレットにつないでトライ。12-11に迫る。しかし、逆転を狙ったモウンガのゴールはゴールポストをそれた。なおも攻め続けるNZ。白熱の攻防のなかで、NZのパスをSAのWTBチェスリン・コルビが故意のノックオンでカットしたとしてシンビンとなる。退場し顔を覆ったコルビはもう試合を見ることができない。勝利への執念で攻め続けるNZだが、惜しいハンドリングエラーもあって仕留め切れなかった。SAのタックル数は209。NZの倍以上のタックルを決める我慢強い勝利だった。
プレーヤー・オブ・ザ・マッチは出色の運動量だったFLピーター・ステフ=デュトイ。両チーム最多28回ものタックルを決めた。「このチームでプレーできて幸せです。最後の3試合はすべて決勝戦のような気持ちで戦いました。フランスまで応援にきてくれたサポーターにも感謝します」。ジャック・ニーナバーヘッドコーチは「長い道のりでした。2018年からこの日のために準備してきました」とコメント。まさに決勝に勝つために選手のプレー時間のコントロールなど、すべてを逆算してチーム作りをした首脳陣と選手が一体となった勝利でもあった。
敗れたNZのイアン・フォスターヘッドコーチは、「チームを誇りに思います。レッドカードは残念でしたが、最後までよくファイトしました。手の届くところにあった勝利をつかみ取れず残念です」と淡々と話した。NZは5度目の決勝進出だったが、そのうち2度(1995年、2023年)、SAに優勝を阻まれたことになる。選手たちの落胆の表情は痛々しいほどだが、14人で戦い抜いた姿はファンの胸を打った。最終スコアは、12-11。レッドもイエローカードもあった。それでもあきらめずに戦い抜いたサンドニの激闘はRWCの歴史に深く刻まれた。